00062 ~サンジェルマン伯爵~
】【今日の名言】【
食事は必要ない」
サンジェルマン伯爵(Comte de Saint-Germain、1710年? - 1784年) 18世紀、ルイ15世時代のフランス宮廷に突如登場した謎の人物。錬金術師。
彼の口癖「自分は不老不死なので、霊薬とカラス麦を口にする他は食事は必要ない」、この為、実際に人前では全く食事をしなかった。
小柄だが整った容姿で、穏やかな物腰、洗練された会話、多くの外国語や古語に堪能で、医学や科学の知識にも優れ、絵画や音楽の才能は本物の芸術家以上であり、国王に1万フランのダイアモンドを贈ったりもする大富豪であった為、フランス宮廷でも話題を集めた。
「不死の人」と呼ばれ、ヨーロッパ各所に様々な年代に現れた怪人だが、確認できる記録に現れるのは1710年。フランスの音楽家ジャン=フィリップ・ラモーの日記によれば、当時50歳前後に見えたという。しかしその25年後、1735年にオランダのハーグに現れた彼は25歳前後に見えたと言う。その後、1750年にルイ15世と謁見した彼は40歳前後、1760年前後のルイ15世時代のヴェルサイユ宮殿には50年前と同じく50歳前後の姿で現れている(これらの記述から、1710年の人物と1735年以降の人物は別人であるとする説もある)。彼は、アレクサンダー大王がバビロンの都に入場する時に自分もその場にいたと、まるで見てきた様に語ったり、当時存在しなかった汽車や飛行機の事を詳しく語ったりしたそうなんだよ。ソロモン王やシバの女王、イエス・キリストと面識があったとも語ったという。
ルイ15世はサン・ジェルマン伯爵を気に入り、シャンボール城に彼専用の錬金術実験室も用意させた。
ある時、希代のプレイボーイとして有名なジャコモ・カサノヴァがその実験室に招かれ、伯爵に言われるまま銅貨を盤の上に置くと、炎が上がって金貨に変わったという。
伯爵は真珠やダイヤモンドも作る事が出来、ルイ15世の依頼で、ダイヤモンドの内部の傷を取り除いたという話も有名だ。
ちなみに、同時期の錬金術師として知られるカリオストロの魔術の師匠であったという説も存在しているのだよ。
またフランスの外交特使として各国に派遣され活躍したが、同時にプロイセン王国のフリードリヒ大王にも仕えた秘密外交官であったと言う。1762年、ロシアのエカチェリーナ2世の即位に至るクーデターに加担したとも言われている(この時にはヴェルダン伯爵という別名を名乗っていた)。
しかしルイ16世の代になると先代ほどの信頼を得ることができず、フランス革命を予言して警告するも、聞き入れられなかった。その後フランス革命前後の時期にもフランス国内に現れ、王妃マリー・アントワネットの処刑の折、見守る群衆の中にサン・ジェルマンの姿があったという。
サン・ジェルマン伯爵の死については、1777年にドイツのヘッセン・カッセルで死去とも言われているが、ドイツのエッケルフェアデ教会の記録には、「1784年2月27日死去、3月2日埋葬」という記録が残されている。
しかしその後もヨーロッパ各地で目撃が報告されており、1785年に友人の前に姿を現したサン・ジェルマン伯は、これからヒマラヤに隠遁すると告げている(但しその友人がどこの誰なのかは不明)。また1821年には教育家ステファニー・フェリシテ女史が彼に面会したと語っている。
なおフランス革命後、皇帝ナポレオン1世もサン・ジェルマンの行方を追わせている。ナポレオンはエジプト遠征の前とエルバ島へ流される数ヶ月前に「“チュイルリー宮殿の赤い服の男”に出会い、助言をうけた」と言われており、この“赤い服の男”がサン・ジェルマン伯爵だという説がある。
本名とされるのは、トランシルバニアのラゴッツィ皇太子サンジェルマン。
1777年に自らラゴッツィ皇太子の嫡子である事と、皇太子としてライプチヒに姿を現した事を認めている。
一説にはスペイン王カルロス二世の実子であるともポルトガル系ユダヤ人とも、ルーマニア王家に縁の人物とも言われている。
- 1710年。フランスの音楽家ジャン・フィリップ・ラモーの日記によれば、当時50歳前後
- 1735年。オランダのハーグに現れた彼は25歳前後
- 1750年。ルイ15世と謁見した彼は40歳前後、
- 1760年前後。ルイ15世時代のヴェルサイユ宮殿には50年前と同じく50歳前後
- 1762年。ロシアのエカチェリーナ2世の即位に至るクーデターに加担?
- 1777年。ドイツのヘッセン・カッセルで死去?
- 1784年2月27日。ドイツのエッケルフェアデ教会の記録には、「1784年2月27日死去、3月2日埋葬」
- 1785年。友人の前に姿を現したサン・ジェルマンは、これからヒマラヤに隠遁すると告げている。(但しその友人がどこの誰なのかは不明)
- 1798年?。エジプト遠征の前に「“チュイルリー宮殿の赤い服の男”に出会い、助言をうけた」
- 1815年?。エルバ島へ流される数ヶ月前に「“チュイルリー宮殿の赤い服の男”に出会い、助言をうけた」
- 1821年。教育家ステファニー・フェリシテ女史が彼に面会したと語っている。
- 19世紀後半。秘教家のH・P・ブラヴァツキー夫人がインドで伯爵と会話したと言う
- 第二次大戦でチャーチルが伯爵に助言されたとも
これらの数多く存在する記録が本当ならば、サン・ジェルマン伯爵は実に4000年以上も生きており、50才前後の姿から全く年を取らなかったという事になるのである。
一説には、彼は錬金術で不老不死の秘薬「エリキシー」を開発したのではないかと言われているが、もちろん真相は不明である。
本当なら「時空を超えた怪人」か「永遠を手にした男」。嘘なら「国をも騙した世紀のペテン師」か「夢の中の傀儡」ですね。
「学校は命は大切と教えるが、
自殺はいけないとは教えない。」 with T,J
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