« 00063 ~硫黄島の英霊達~ | トップページ | 00067-00069 ~THE FIFTH DICTATOR~   独裁者編 (カビラ ハーメネイー ルオン) »

2006年12月11日 (月)

00064-00066 ~THE FOURTH DICTATOR~  独裁者編 (タン・シュエ アル=アサド イスラム・カリモフ)

】【今日の名言】【

Flag_of_myanmar  

 

 

 

 

 

Than_shwe 「譲歩は弱体の兆候で、

自らの地位を危うくするだけ」

 

タン・シュエ(Than Shwe, 1933年2月2日- ) ミャンマー連邦の軍人(上級大将=最高階級)、政治家、国家平和発展評議会(SPDC)議長。ビルマ時代のウ・ヌー政権時に首相。1992年4月23日軍事政権トップ。国民民主連盟など、民主化勢力には妥協を示さない強硬派。

SPDCの議長としての任命され、国家平和発展評議会(SLORC)が、1988年の社会主義政権崩壊に対する反応として作られた時、21人のメンバーのうちの1人として指名され、片腕になるようになる。その後、その後、1992年4月23日、健康上の理由によるソウ・マウンの辞任に伴い、SLORC議長(国家元首)、国防相、国軍最高司令官として彼の後継者になる。

国民民主連盟や民主化勢力等には妥協を示さない強硬派としてのタン・シュエの信念。

近年、タン・シュエ氏は国家平和発展評議会(SPDC)議長の辞任の準備をしている。すでに、国軍最高司令官であるトゥラ・シュエ・マン大将に、かなりの権限を委譲し始めている。

*2006年度版世界独裁者ランキング(ワシントン・ポスト調べ)

3位. (3位→)

 

******************************************

Flag_of_syria  

 

 

 

 

 

 

Bashshr_alasad

   

「政府のポストを

求める気はないが、

任命されるのであれば

政府のポストに就く用意がある。」

 

バッシャール・アル=アサドبشار الاسد Bashshār al-Asad, 1965年9月11日 - ) シリア・アラブ共和国の政治家で、大統領(在任2000年 - )、バアス党書記長。ハーフェズ・アル=アサド前大統領の次男。

元々本人には政治家になる意図は無く、兄のバーセル・アル=アサド(長男)が後継者だった。ダマスカス大学医学部を卒業後、1990年代初頭に眼科医を目指してロンドンに留学していたが、兄が交通事故で死亡したことからやむを得ず留学を中断・帰国し、後継者となった。帰国後は陸軍の軍務に就き、大尉に任官、シリア陸軍戦車部隊の隊長となる。さらに1995年よりダマスカスの軍事高等アカデミー幕僚司令部訓練コースで学び、その終了後は大佐に昇進、父の健康不安が取りざたされる中で後継者としての地位を固めた。

2000年6月10日に父ハーフェズが心臓発作で死去すると翌日陸軍大将に昇進、軍最高司令官に任命され、6月18日にはバアス党書記長に就任。7月10日に信任を問う国民投票を実施し、7月17日に後継大統領に就任した。

1999年2月初めに語った彼の考え。

2001年にはイギリス生まれでスンナ派に属するシリア人女性、アスマー・アフラースと秘密結婚した。父アサド政権のもとで、シリアはアサド父子の出身母体であるアラウィー派が人口的には少数派であるにもかかわらず政権で優遇され、最大宗派のスンナ派を支配してきたため、この結婚をきっかけに両者の融和を求められた。

波乱なく権力を継承したが、政治的経験がほとんど無いためあまり国政で主導権を握ることはせず、ハーフェズ時代以来の首脳が政務を行っているのが政権の実態である。生来の温厚な性格もあって、憲法で承認された絶大な大統領権力はあまり行使されなくなっている。

*2006年度版世界独裁者ランキング(ワシントン・ポスト調べ)

16位. (14位↓)

 

******************************************

Flag_of_uzbekistan  

 

 

 

 

Islam_karimov 「我々は、状況を安定化し、

このテロ行為を組織した者の

手を切り落とすのに

十分な力を有している」

 

イスラム・カリモフウズベク語:Islom Abdug‘aniyevich Karimov英語:Islam Abduganievich Karimov 1938年1月30日 - ) ウズベキスタン共和国の大統領、ウズベキスタン人民民主党(PDPU)党首。 

  • 1964年ウズベク共産党に入党。
  • 1966~83年ウズベキスタン共和国・ゴスプラン(国家計画委員会)の主任専門官、議長補佐官、課長、局長、副議長、第一副議長。
  • 1983年ウズベク共和国の財務相。
  • 1986年副首相兼ゴスプラン議長(歴任)。
  • 1986年カシカダリャ州の共産党第一書記。
  • 1989年6月ウズベキスタン共産党中央委員会第一書記。
  • 1990~91年ソ連共産党中央委員会委員、政治局員。第11期ソ連最高会議代議員。
  • 1990年3月24日ウズベク・ソビエト社会主義共和国大統領。
  • 1991年12月29日(ソ連崩壊後)ウズベキスタン共和国大統領選に選出・当選(得票率は80%)。
  • 1995年3月26日国民投票で、任期を2000年まで延長。
  • 2000年1月9日再選(得票率は91.9%)。

1999年2月16日11:15(現地時間)のタシケントでの爆弾テロ事件(ムスタキリク・マイドニ広場から、政府庁舎の直近に存在した2台の自動車が空に吹き飛び、内務省、国家銀行、「インターコンチネンタル」ホテル、州国家自動車監督局の建物、並びに「セーヴェルヌイ」駅及び空港地区の順に個々の爆弾が爆破)に対しての最初のコメント。

公式にはウズベク人だが、タジク人ではないかという噂もある。

*2006年度版世界独裁者ランキング(ワシントン・ポスト調べ)

5位. (15位↑)

 

「人は恐れる。故に他者を襲う。」 with T,J

 

独裁者:国政を一人で操ることができる人物である。

wikipedia参照 (注釈:ここで掲げる独裁者は飽くまでも参照です。独裁者かどうか意見の分かれるものも含まれていることをあらかじめご承知ください。)

|

« 00063 ~硫黄島の英霊達~ | トップページ | 00067-00069 ~THE FIFTH DICTATOR~   独裁者編 (カビラ ハーメネイー ルオン) »

コメント

2007年 世界最悪 独裁者ランキング
http://www.parade.com/articles/editions/2007/edition_02-11-2007/Dictators

投稿: takao | 2007年3月 7日 (水) 20:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/101306/4506582

この記事へのトラックバック一覧です: 00064-00066 ~THE FOURTH DICTATOR~  独裁者編 (タン・シュエ アル=アサド イスラム・カリモフ):

« 00063 ~硫黄島の英霊達~ | トップページ | 00067-00069 ~THE FIFTH DICTATOR~   独裁者編 (カビラ ハーメネイー ルオン) »