63年目のナガサキへの原爆投下
1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分。
原子爆弾「ファットマン」がB-29(ボックス・カー)によって投下された。
長崎市北部に位置する松山町171番地(現松山町5番地)の別荘のテニスコートの上空503メートルで炸裂。
爆心地付近では、人が影を残して消えた。人が真っ黒に焼け焦げ顔は愚か、性別まで分からなかった。
ナガサキもヒロシマと同等の被害と悲劇があった。
ナガサキへの原爆投下は「データ取り」とも言われている。それは、その特異な地形がある。 広島市のような平坦な三角州と異なる地形に原爆を投下した場合に、どのような爆撃効果が現れるのかを知ることは重要な選択ポイントであったとされる。
一瞬で数千人が消えた。一瞬で数万人が死んだ。年末までには七万人以上が死んだ。
語り手はいなくなっていく。この1年間にナガサキで死亡が確認された被爆者3058名。そして、死没者名簿を原爆慰霊碑に奉納し、長崎の原爆死没者名簿は14万6182人となった。
ナガサキとヒロシマで、この1年で8360人の被爆者が亡くなった。これで、ヒロシマ・ナガサキの両・原爆死没者名簿は40万4492人となった。
63年経っても忘れないでほしい。同情はいらない。ただ知ってほしい。感じてほしい。そして考えてほしい。ヘイワの本当の意味を、そしてミライをイノチを、
黙祷。
「原爆とは恐ろしい兵器だ。
60年以上かけて40万人以上の人々を殺し続けている。」 with T,J
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